バイク乗り11年にナリ、総走行距離は26万キロを越えマシタ。


by Nyaaa

群馬・上野村 御巣鷹の尾根(日航123便墜落地)へ。(平成三十年十月三十日・二部③)



誰もいなくなった御巣鷹の尾根に立つ私。

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一番高いところまで来たようです。


こんなに急な斜面の山を時間をかけて整備して整備して
ここまで高齢の方でもなんとか歩いてお参りできる環境にされたことに驚きます。


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ここバツ岩と呼ばれる場所です。当時、救助捜索の起点とした印が今でも残っています。


この付近に機首が激突し、機長、副機長、機関士の3名の方のご遺体の一部が
見つかったそうで墓標が3つ並んでありました。


凄まじい速度での墜落ですから身元の判明には困難を極めたと
先に書いた身元確認班・班長だった飯塚訓さんの本には記述されていました。


事故調査委員会が事故原因とされる内容を発表するまで
機長の操作ミスが墜落原因かと言われご遺族の方々もかなり辛い思いをされた
当時を思うと様々な思いがよぎる場所です。


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群馬県警による慰霊碑。


本によると生存者の4名の方々も...

少女だった1人は早々に別の病院へ移ったようですが
親子と乗務員の方は当初同じ集中治療室だったそうで
双方の立場の違いからいたたまれない空気だったようです。


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本の内容を思い出しながら墓標の並ぶ尾根を歩かせていただきました。


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ここからまた別の山へ行くことができるのでしょうか。

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寂しいところでしたが
周りの山々を含め美しい紅葉に慰められました。

一番賑やかにも思えた墓標がありました。

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「8.12連絡会」の代表女性の息子さんの墓標です。

大阪で親せきが迎えに来る予定だったので羽田から飛行機に息子を一人で乗せ
その飛行機が墜落し居ても立っても居られず3日目の朝
ご遺族の中で一番早く御巣鷹の尾根に駆け付けた方だったはずです。


夏に放送された特別番組に出演され
33年経っても息子さんは9歳のまま心の中にいるそうです。


その特別番組は「真相坂上」でしたが
娘3人全員を亡くしたご夫婦の33年など辛い再現ドラマがいくつかありました。


また、今御巣鷹の尾根へ慰霊登山することは
御嶽山噴火被害者遺族などの心の拠り所にもなっているそうです。


この番組で一部のご遺族の事故から33年を経て今を知ることができました。


本によると遠方地から上野村に越してきた方もいるそうです。






下山します。


行きのルートが楽に下りられるようなはねですが
一巡して帰ろうと思いました。

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喉がからから。水飲み場を利用させていただきました。

暑い時期は私には体力的にきつかったと思います。


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この辺りの土が滑りやすく。ずりっと左足が滑りました。

天候が悪かったりぬかるんでいたら登るより下るほうが
かなり大変な急な下り坂です。

数年前に日航社員の登山道整備をされていた方が足を滑らせ滑落死されています。

長く毎年慰霊祭の前に汗水流し働いていた方が。神さまなんて酷いことをとショックな事故でした。


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祭壇の近くまでおりてきました。

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台風で土砂崩れしてしまったエリアは立ち入り禁止に。

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風は感じませんでしたが風車がたくさん回っていました。


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登山口まで戻ってこられました。



迎えてくださりありがとうございました。

この悲惨な出来事を決して忘れません。


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PM4:10 1時間半と駆け足で慰霊登山を終えました。


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ぽつーん、とスパイダーくんだけになった駐車場(;'∀')


今から帰っても4時間くらいかかるので7時は過ぎてしまいます。

前日食道チューブにしたぶちょう、腫瘍を切除したかちょうの様子が気になり
なる早で帰れるルートを選択します。


暗くなり始めた山道。


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早く車通りのある通りまで下りないと..と少し慌てました。



そして


道の脇に猿が現れました!赤いお尻のお猿さんでした。



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途中で管理人さんが軽トラが停まっていました。

路肩の落ち葉集めをされていました。
こんな時間までご苦労様です。


私が最後だったから帰るに帰れなかったのかもしれません。
会釈だけしてそのまま通過してしまいました。


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川沿いにもみじがそれはそれは美しく紅葉していました。



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上野ダムまで戻ってきました。

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高速はなるべく乗りたくなかったのですがとにかくなるはやでの帰宅を目指し
R299からK45で下仁田ICを目指すことにしました。

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17時を過ぎ、真っ暗になってしまいました。

本庄児玉ICまで下道で行ったほうが早かったかなぁ?



下仁田ICから上信越に乗ってノンストップで3時間で帰れました(~_~;)
通勤ライダーの本領発揮でした(笑)


でも


夏の革グローブが気温差で硬くなり右手の親指付け根あたりが
擦れてマメ寸前に痛くなったのでした。


ハテ。


アクセル開けすぎ説(笑)


スパイダーくんのエンジンも10万キロノーメンテなので
パワー落ちてるってことで(;'∀')




帰宅してみんなの元気な顔を見てホッとしました。


そしてぶちょうの具合が日に日によくありませんが
こうしてゆっくりとお別れになるかもしれないことの
心の準備ができることが本当に幸せなんだなと思います。



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御巣鷹の尾根への登山道は11月15日から冬季閉鎖に入ります。


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事故当時、群馬県警で身元確認班・班長だった飯塚訓さんが書いた
自己の体験談や事故処理にあたった人たちを取材した本。


3部作であります。





図書館で借りたり、中古でも購入できますので
ぜひご一読して欲しい本たちです。



事故の犠牲者ご遺族以外の視点からとても分かりやすく書かれていますし
事故と向き合う大変さは想像を絶するものでした。





また、本を読むと1つだけ気になる謎がありました。

なかなか事故現場が確定されずにいて自衛隊や県警が現場が混乱していたころ
いち早く現場を特定して先に向かっていた一般人がいたのです。

やっと現場へ向かった県警や自衛隊の行く手の先から
山を下りていった人たちは実在しました。


何故?そして誰?


それは書かれておらず気になり調べると
あの事故は事故調査委員会の発表した
事故原因とは異なる見解があることを知りました。


近年、亡くなられた日航123便の乗務員の方々と共に働いていた
元スチュワーデスの方が本を書かれ何冊か出版もされています。


まだ図書館の予約順番待ちで読んではいませんが
ネットで調べるとその見解と同じように考える人たちがたくさんいることがわかります。

ご遺族関係者の方もそれより早くその見解で本を出版していました。


この日本でそのようなことがあったのか?
とても信じられませんし信じたくありません。




ただの日本人の一人として

あのような悲惨すぎる出来事は二度と起こってはならない

また犠牲者の方々の魂が静かに眠ることができるように

願うのみです。







上野村へのアクセスがよくなったのも恐らくこの事故の影響があると思うので
こうしてバイクで周辺を頻繁に走らせていただいている身として
今後も慰霊登山をしたいと思っています。




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Commented by Taro555Z at 2018-11-12 14:54
もう33年も経つんですね、よく覚えてます。
羽田 から 伊丹の便は良く乗っていますし、航空会社じゃドル箱路線なんですよね。

その路線で史上最悪の事故が起きたなんて

これだけ多数の方が亡くなった墜落現場は、なんとも言えない悲しい雰囲気ですね。

ご冥福をお祈りします。
Commented by 宮崎のCB乗り at 2018-11-12 16:54 x
CB400・今月は車検でした。相変わらず、CB乗り・・は、名前だけで、跨っていません(汗汗)いい季節です。週末は、走りにいこう!!

1985.8.12まだ、赤ちゃんだった息子をあやしながら、テレビをみていたなぁと、思い出します。
なかなか、大変な道のり。お疲れさまでした。3部作の本、読んでみようと思います。

ぶちょう、ちゃん、お大事に。
ブログは、毎日読んでいます。思いをはせています。寒くなります、ご自愛下さいね。
Commented by nyaaa_the_rider at 2018-11-12 23:35
> Taro555Zさん
33年経ったからこそやっと訪れることができました。私は関空利用しかないかな?その頃は思い出すこともなかったです。

戦争同様風化させてはいけないとおもいました。
Commented by nyaaa_the_rider at 2018-11-12 23:39
> 宮崎のCB乗りさん
ありがとうございます。ぶちょう、頑張っていますよ。

是非三部作お読みください。
任務で関わられた方々のされた壮絶に経験は知られさべきと思います。

週末はCBに乗れると良いですね(^^)
今年は街乗りはまだまだ温かいです。
Commented by okunipy2008 at 2018-11-13 20:04
貴殿のtwitterを良く拝見させて頂いております。
隣町に住んで居る私より上の村を愛して下さいましてありがとうございます

今回の日航機の記事は涙して読ませて頂きました
事故の翌日かねてから計画して居た同窓会の旅館にもご遺族の方が日航職員に付き添われ夜の10時過ぎに旅館に入って来る姿を見て、お酒も飲まず朝早々に解散しました

ご遺族の方も日航職員も無言で下を向いて部屋に向かう姿は今でもはっきり覚えて居ます
地元の道路は警察、自衛隊、消防。鶴のマークの車で何処もあの熱い日でしたが渋滞で乗り降りのドアまで開けて居る状態でした

お弁当屋さんはどの店もこの事故の関係者の為の物で一つも無い状態でした
また私の親友が藤岡の体育館に遺体の検証に行きましたがこの世のものとは思えない光景で腐敗しかけた異臭との闘いだったそうです

私は毎年墜落時刻に御巣鷹山に向かいせめてもと思い手を合わせて居ます

亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします


初めてのコメントをお許し下さい

これからも群馬を愛して下さい
そして楽しいツーリングをして下さい

Commented by すらいむらいだー at 2018-11-13 21:17 x
この何年か前、羽田沖、日航機墜落事件では、機長がまさかの。逆噴射をかけて飛行機が墜落した事故がありましたからなぁ。。なので、この時も、機長が疑われてしまったんですね。
坂本九さんも同機に乗っていて、安否不明の時期にTV出演(当然録画)で、その旨を知らせるテロップが出ておりました。
生存者、救出の模様は、TVでも放送されて、今でも覚えています。

ぶちょうさん。良くないんですね。
いつもより、気合いを入れて!。。な~お~れ~!!
Commented by nyaaa_the_rider at 2018-11-14 10:40
> okunipy2008さん
ご丁寧にコメントをくださりありがとうございます。

twitterでは浅いツイートをしていますがブログでは
バイク好きの方に向けバイク以外のことで一般的に知られていない
自分が知ったことや体験したことも書かせていただいています。

本当にこの日航機の事故はマスメディアが流した情報は平面でした。
飯塚氏の本を読み当時の現地での翻弄された多くの人たちが存在し
直接のご遺族や関係者以外の方にも多大な心の傷を負わせてしまったものだったと
改めて心が痛み続けています。

ご遺族と居合わせてしまったokunipy2008さんのお気持ちと忘れられない記憶
真夏に締め切った藤岡の体育館で対応された方々の苦しみも
自分の身であったらと想像すると辛すぎ耐えられなかったことでしょう。

せめて自分の気持ちを行動に移したいと慰霊登山させていただきました。

これからも自然豊かで魅力満載の群馬はバイクで訪れる機会が何度もあると思いますが
あの一帯を通るときは祈りと平穏な毎日に感謝の気持ちでいたいと思っています。

お気持ちをお聞かせくださりありがとうございます。
Commented by nyaaa_the_rider at 2018-11-14 10:44
> すらいむらいだーさん
あぁ、逆噴射での墜落事故ありましたね。
ママゴンがワイドショーを見ていたので私も映像を覚えていますよ。
ヘリで釣りあげられる生存者の方の映像も忘れられないです。

ぶちょうはサイボーグ給餌で吐いてしまい
栄養が腫瘍にとられてしまい負けが続いています。
腎臓に転移してしまったようです。マズいです。
でも籠ってはいますがゴロゴロいう時間もありますから
多少なりとも苦痛でない時間もあると思います。
治ってほしい。ガンバレぶちょう!!!
Commented at 2018-11-14 15:21
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by nyaaa_the_rider at 2018-11-15 11:39
> pさん
2回も阻まれたのですね。そう考えると私はすんなり迎えてもらえ幸運。
でも本当に悪天候では危ないし、雨上がりも危ない、なかなか難しい場所ですね。

私は心を無にして登りました。
間近に深い悲しみが迫っていますから逆に無になれ良かったです。

やはり周りの命のありがたみを感じましたし
突然の事故や事件でたくさんの人たちの人生そのものに
重い悲しみを背負おわせた運命を呪うというか
やはり神はいないのかと思ったり複雑でしたね。

正直、Pさん事情でご一緒出来なくて正解でした。
自分の心と向き合って登りたい場所だと思いました。
by nyaaa_the_rider | 2018-11-12 11:44 | ツーリング | Trackback | Comments(10)